中村真一郎「小さな噴水の思い出」(筑摩書房

第6章の題は「めでたい正月」

筆者の必ずしもめでたくはなかった幼少から青年期、さらに壮年期を振り返りながら七十代に達したその時の「今」の自分をやや誇らしげに語っている。

「私のまわりに集まってくるのは、新しい仕事の夢の群である。」

最後まで仕上げるべき作品の夢想と構想に耽っていたという筆者の若々しい精神が感じられる。

「新年早々、近代作家の冗舌な言葉の氾濫は、もう中年過ぎた私にはわずらわしい。ラテン語の簡潔な後の配置が、精神に快いのである。」

筆者が本や読書について語る部分は特に生き生きとしている。

中村真一郎「小さな噴水の思い出」(筑摩書房)

 
第5章は「九〇年、私のベスト3」これは早川書房のミステリマガジンのアンケートへの回答。

クレイグ・ライス「死体は散歩する」
キャロライン・グレアム「蘭の告発」
ウンベルト・エーコ薔薇の名前

福永武彦氏が去り、今はこのご本人も去って感慨ひとしおの三作品である。丸谷才一氏健在なるもミステリー相変わらずの愛読とは思えぬし。
ミステリーも本当に好きだったのだなと思わせる選択である。

死体は散歩する (創元推理文庫)

死体は散歩する (創元推理文庫)

蘭の告発 (角川文庫)

蘭の告発 (角川文庫)

薔薇の名前〈上〉

薔薇の名前〈上〉

薔薇の名前〈下〉

薔薇の名前〈下〉

中村真一郎「小さな噴水の思い出」(筑摩書房

第4章の題は「九〇年読書五点」で五冊の本を取り上げている。
どれも海外(パリと中国)で刊行されたもので原書である。近代文学に対する解毒剤として精神衛生上いいそうである。また、毎日、一冊必ず未見の本を開く習慣を強情に守っていると最後に述べている。

中村真一郎「小さな噴水の思い出」(筑摩書房

第3章の題は「二十一世紀の静岡県

これは静岡新聞のアンケートに答えたものらしい。県の未来像を求められて、「日本の首府を富士山麓に移し、伊豆地方は首都の市民の休養地として・・・・・・」などと三行の中で書いている。短い文章である。

中村真一郎の文章は無駄がなく、どこをとっても考え抜かれた鋭い文章である。

「小さな噴水の思い出」(筑摩書房)の第2章の題は「人間性回復の時代に」である。

「あと十年足らずで始まる新しい世紀は、ぜひ人間に人間性を回復するための時代となってほしいと思う。それまでの十年のあいだ、個人は小さいともしびを、それぞれの心のなかにともして、世界の激しい風のなかに光りを守りつづけたいものだ。」

 純粋かつ純真な文学者は浮世離れした生活を送っていると思いがちだが、全くそれは間違いの極みである。
 鋭い批評眼・意識的かつ強靱な精神が日本を含めた世界の動きを見つめていた。

中村真一郎「小さな噴水の思い出」をちびりちびりと・・・第1回目
 
1991年と1992年に作者が書いた読書についての短文集で、全100編、二年間の記録である。短い四行程度の推薦文から芥川龍之介の六ページの解説文まで筆者の多彩さの展覧会と言ってもよい。この手の本は新潮社から出すことになっていたはずなのに、これはなぜか筑摩書房である。
 1番目は「『とりかへばや、男と女』を読みながら」で、臨床心理学者河合隼雄の本を取り上げている。現代の日本人が書いた本はほとんど読むことはないはずで、読んだとしても失望しか経験していない筆者が珍しく褒めている。
「読みごたえのある本と同時に、読み疲れのする本であった。」と述べ、さらに「王朝物語を、私のように深層心理の表現の方法への手掛りとして利用している作家は、他にはひとりもいないだけに、特にこの分析は我が意を得たものとなった。」と嬉しさも表明しているのも稀なことである。
 余程充実した気持ちが得られたのか、この短文の結びは美しく終わる。
「そして、最後にモーツァルトが自分の交響曲を『一瞬のうちに聴く』と言ったという体験の紹介は、思いがけない喜びを私に与えた。私もまた千枚にあまる長編小説を、その発想の際、一瞬間のうちに全体を細部に至るまで、眼前に見通してしまうからである。それを実際に原稿用紙に書きとるには、数年を要するのであるが。」
 孤高のランナーが思いがけない並走者に邂逅したような喜びがある。
 この短文集の拾い読みはなぜか楽しい。筆者の高い精神性に感化されるのか、その文章の表現力のためか、興味・関心のうすい分野の本への言及も面白く読める。

小さな噴水の思い出

小さな噴水の思い出

死の影の下に (講談社文芸文庫)

死の影の下に (講談社文芸文庫)

『20世紀英米文学案内 2 』(研究社)マンスフィールド付録

『20世紀英米文学案内 2 』(研究社・東京神楽坂)マンスフィールド付録

一九六六年九月 第四回配本

全8頁(2段組)*語句はキーワード。「 」は単語以上の部分引用を表す(丸付き数字は頁数)

1頁・表題・目次

1頁〜4頁「マンスフィールドと私」庄野潤三(作家)
①大阪外語の英語部、冬、クラスに四人、原級、東條正久、サッカー、キャサリンマンスフィールド、「小説はすきではなかった。」
②研究社の小英文叢書、「湾頭小景」、岩崎民平、現代英文叢書、『マンスフィールド短編集』(岡田美津編)、「病弱であった英国の女流作家」、「散文で書かれた詩」、「ハイカラと厭世」
②下段に写真・解説文「1898年カロリ小学校時代・左からヴェラ、チャディー、キャサリンジーン、レズリー」
チェーホフ、短編、「生活のスケッチ」、内田百輭井伏鱒二、「咲耶」、「An Ideal Family」、訳、二十五年、「The Voyage」
④(「The Voyage」のあらすじ)、「園遊会」、「ともに愛すべき主人公」

4頁〜7頁「カサリンマンスフィールドのこと」海老池俊治(一橋大学教授・イギリス文学)
④三十年も昔、作家志望、普通の学生並
漱石を愛読、学問を尊重、英文学の精髄、詩、二十世紀の小説の購読、ロレンスの『息子と恋人』、ハックスレーの『対位法』
⑤上段・写真・解説文「『風が吹く』弟とともに(1907年)」
⑥救いどころ、フランス文学、独学、アンドレ・ジッド、痛切な響き、マルスリーヌ、ジッドの言葉の生きた律動、カサリンマンスフィールド、ジッドとマンスフィールドの文体、「風が吹く」、『背徳者』
⑦カンスタブル雑纂、アルバトロス、廉価版の双書、マンスフィールドの短編集、シルヴィヤ・バークマンの評伝、感心、若い裁判官の友人、面白い話、あるジャーナリスト、高名な英文学者、チェホフの影響、女流作家、苦笑、二重写し

8頁・筆者紹介(執筆順)
伊吹知勢(いぶきちせ)、海老根静江(えびねしずえ)、朱牟田房子(しゅむたふさこ)、佐藤宏子(さとうひろこ)、黒沢茂(くろさわしげる)、山本順子(やまもとじゅんこ)

発行案内・既刊好評発売中②マンスフィールドコンラッド⑥トマス・ウルフ⑮ヘミングウェイサマセット・モーム
次回(第5回)配本10月20日⑦フィッツジェラルド(第一次大戦アメリカ文学の旗手)野崎 孝責任編集・人と生涯/野崎孝・評価/永岡定夫


マンスフィールド短篇集 (ちくま文庫)

マンスフィールド短篇集 (ちくま文庫)

園遊会 (英米名作ライブラリー)

園遊会 (英米名作ライブラリー)

マンスフィールドの手紙

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